子供のダンスがわかっただけでは上達しない本当の理由

獅子会のSHIGE_SDSです。みなさん、レッスンで子どもが「わかりました」と元気に返事したのに、次に音が鳴ったら、さっきと一個も変わってない時って、ありませんか?
- 先生の方をちゃんと見て、うなずいている。
- 「はい!」と返事も大きい。
- 本人も「上手くなりたい」と本気で思っている。
- でも、曲がかかると、また同じところで止まる。
こういう子は、やる気がないわけやありません。
むしろ、真面目に聞こうとしている子ほど、こうなりやすいです。
返事も、挨拶も、先生の話を聞く姿勢も、ほんまに大事です。軽く見たらあかん。
でも、俺はここに一個、落とし穴があると思っています。
「わかりました」で止まると、身体はまだ一個も変わっていない。
ここなんです。
わかった気になることと、ほんまに身体に入ることは、別もんです。
言葉では受け取っている。でも次の一回が同じなら、まだ身体には届いていない。
これは、子どもを責める話やありません。
「返事するな」「素直になるな」という話でもありません。
俺が今日話したいのは、返事のあとに、何を変えるかです。
今回は、子供のダンスがわかっただけでは上達しない理由を、レッスン中の小さい変化、聞く力、親の見方、そして獅子会で大事にしている言行一致や今日の100点までつなげて話します。
ここが見えるようになると、同じ「わかりました」でも見え方が変わります。
ただ口で言っているだけなのか、次に一個変えようとしているのか。
外からは小さく見える差です。でも、その差が積み重なると、踊りの中では大きな違いになります。
返事できる子は、もう土台を持っている

レッスンで先生が一個注意する。すると、ぱっと顔を上げて「はい!」と返す子がいます。
目を見て聞く。話を遮らへん。自分が今この場にいることを、ちゃんと示している。
これ、見ていて気持ちええんです。
返事は、ダンス以前に、人として大事なことです。
だから、返事ができる子は、それだけでもう土台があります。
でも、土台とゴールは違います。
よくあるのが、返事した瞬間に、本人も周りも安心してしまうことです。
「はい」と言えた。先生もそれ以上言わへんかった。親も横で見ていて、ちゃんと聞いているように見えた。
でも、次に踊ったら前と同じ。
これ、ほんまにもったいないです。
返事ができているからこそ、その先へ行けるはずなんです。
せっかく聞く姿勢があるなら、その姿勢を、身体まで持っていってほしい。
「はい」と言ったその一回が、次にどう変わるか。
そこまで見ていくと、返事はただのマナーやなくて、上達の入り口になります。
「わかった」と、身体が変わるのは別もの

「肩の力を抜いて」と言われる。その場では、本人もうなずきます。わかった顔をしている。
でも、曲が鳴った瞬間、また肩が上がる。顔が固まる。呼吸が止まる。
これは、子どもが嘘をついているわけやありません。
本人の中では、ほんまにわかったつもりなんです。
でも、頭でわかっただけでは、音が鳴った時に身体は動いてくれません。
ダンスは、頭だけで処理するもんやないんです。
音が鳴る。身体が反応する。気持ちが動く。周りの空気も入ってくる。
その全部の中で一個変えられて、初めて、レッスンで聞いたことが踊りに入ってきます。
わかった。
でも、変わっていない。
ここに自分で気づけるかどうかが大事です。
この「変わっていない自分」を見られる子は、伸びます。
逆に、返事をしたことで終わった気になると、毎回同じ注意を受けます。毎回同じところで止まる。毎回同じ顔になる。
せやから、返事の後の一回が勝負なんです。
そこで肩が一個下がったか。音を半拍だけ待てたか。目線が戻ったか。
その小さい変化を、俺はずっと見ています。
子ども自身も、ここを見られるようになると強い。
「また同じこと言われた」で落ち込むんやなくて、「どこが同じやったんやろ」と見にいける。
同じところで止まったなら、その止まった瞬間が、一番のヒントです。
音やったのか。身体やったのか。気持ちやったのか。周りを見すぎたのか。
そこに気づけたら、同じ失敗でも意味が変わります。
聞けている子は、次の一回がちょっと変わる

ほんまに聞けている子は、派手には変わりません。
膝がガチガチやった子が、次の一回でほんの少し柔らかくなる。
音より先に飛び出していた子が、次は半拍だけ待とうとする。
先生の顔ばっかり見ていた子が、自分の身体に戻ろうとする。
これくらいの変化です。
でも、この小さいのが、めちゃくちゃ大事なんです。
レッスン中、先生の言葉は何個も飛んできます。全部を完璧にやる必要はありません。
でも、何か一個でも、自分の身体に返せるか。
ここで、練習の質が変わります。
ただ声を聞いているだけなら、言葉は外側を通り過ぎていきます。
でも、「あ、今のは俺のことやな」と受け取れたら、身体が反応します。
「ここで力が入ってるな」
「次は音を待ってみよ」
そうやって、言葉が自分の中へ返ってくる。
聞けている子は、先生の言葉を、自分の次の一回に変えています。
聞けていない時は、だいたい外に持っていかれています。
友達がどう見ているか。先生にどう思われるか。親が見ているか。間違えたら恥ずかしいか。
その気持ちはわかります。でも、その状態では、音も身体も遠くなります。
聞くというのは、外の声を集めることやありません。
受け取った声を、自分の身体へ戻すことです。
「教えて〜!」のあとに一回やってみる

俺は、子どもに「なんかわかってきた?」と聞くことがあります。
そこで「はい」と返ってくる。それはそれでええ。
でも、そこで終わらんと、もう一個返します。
「教えて〜!」
俺流でいくなら、こういうインプットからアウトプットへの受け応えはようやります。
子どもが自分の言葉で何か出してくれたら、そこでもう一個つなげます。
「よし!ほな、それやってみよ!」
ここで、その子の現在地が見えるんです。
すぐ言える子もいる。止まる子もいる。先生の言葉をそのまま返す子もいる。自分の身体に置き換えて話せる子もいる。
どれが良い悪いやなくて、今どこまで入っているかが見えます。
- 肩の力を抜くと言われた。
- でも自分は、音が鳴った瞬間に肩が上がっていた。
- 次は、最初の一音を待ってから動いてみる。
- そのために、始まる前に一回だけ呼吸を見る。
ここまで自分の言葉になってきたら、次の一回が変わりやすいです。
別に、難しい言葉で説明せんでええ。
「ここで焦ってた」でええ。
「足が先に行ってた」でええ。
「音を聞く前に動いてた」でええ。
自分の身体の言葉になっているか。
そこが大事です。
うまく言葉にできん子もいます。それはそれでええ。
でも、何も出てこんなら、まず一個だけ探したらいい。
「肩」「音」「足」「顔」「呼吸」。一個の言葉でええんです。
その一個が、次の一回の住所になります。
先生の言葉をそのまま持つより、自分の身体の中で一個見つけたほうが、ちゃんと届く。
素直さは、納得してからやなく、まず一回触れること

「指で空中に動きを描いてみ」と言うと、すぐ手が動く子と、「なんで?」という顔のまま止まる子がいます。
素直さという言葉も、俺は大事にしています。
でも、素直というのは、何も考えずに言うことを聞くことやありません。
ちゃいます。
俺が見ている素直さは、まず一回触れてみる力です。
「音を少し待って」と言われたら、次の一回で待ってみる。
「そこは力を抜いて」と言われたら、抜けているか分からんくても、まず抜こうとしてみる。
この一回が早い子は、変化も早いです。
分かってからやるんちゃう。
やってみるから、分かってくることがあります。
もちろん、疑問を持つのは悪くありません。
なんでこれをやるんやろ、と考えるのも大事です。
でも、やる前から全部を頭で判断しようとすると、身体が置いていかれます。
ダンスは、身体で分かることが多いんです。
やってみて、ズレて、もう一回やって、そこで「あ、そういうことか」となる。
これが、面白いところやねん。
素直さは、正解に従うことやなくて、体験に入る速さやと思っています。
素直な子は、失敗も早いです。
すぐやるから、すぐズレが見える。ズレが見えるから、次に直せる。
これ、めちゃくちゃ強いです。
逆に、失敗せんように頭の中で準備しすぎると、いつまでも身体が始まりません。
まず動く。まず触れる。まず音の中に入る。
そこから見えたものを、また次の一回に返していけばいいんです。
待っている時間にも、アンテナは立てられる

自分の番が終わって、列の後ろで待っている時間。
ここで、ぼーっとしている子と、目が動いている子がいます。
伸びる子は、自分が踊っていない時間も使っています。
友達が注意されている時。先生が別の子に声をかけている時。順番を待っている時。
アンテナが立っている子は、そこで拾います。
「今の注意、自分にも関係あるかもしれん」
「あの子が言われてるの、自分も同じことしてるな」
「次の番で、そこを見てみよ」
こうやって、外の出来事を自分に返している。
先生の声を聞く。
友達の動きを見る。
自分の身体に置き換える。
これができると、レッスンの密度が変わります。
自分が踊っている時間だけが練習やありません。
聞いている時間も、見ている時間も、待っている時間も、全部練習になります。
逆に、周りを見ているようで、自分に戻ってこん時もあります。
先生の顔を見ている。友達の動きを見ている。親の反応も気にしている。でも、自分の身体には返っていない。
それはアンテナやなくて、よそ見です。
アンテナは外に向いているようで、最後は自分の中へ戻ってくるものです。
自分の番だけ頑張る子と、待っている時間まで自分に返している子。
この差は、一回や二回では見えません。でも、何ヶ月も続くと、デカい差になります。
場にいる時間を、ただ過ごすのか。全部、自分の学びに変えるのか。
そこにも、その子の在り方が出ます。
親が見るのは、返事の大きさより、その後

親がレッスンを見ていて、子どもが「はい!」と大きく返事をすると、ほっとすると思います。
挨拶ができる。返事ができる。先生の話を聞いている。
その姿を見ると、「ちゃんとやってるな」と思う。
それは自然なことです。
でも、そこで止まると、大事なところを見落とします。
ほんまに見てほしいのは、その後です。
- 返事の後に、次の一回が少し変わったか。
- 言われたことを、自分の身体で試そうとしたか。
- 分からんまま笑って流さず、もう一回聞けたか。
- できなかった時に、もう一回戻ってこられたか。
ここを見てもらえると、子どもは「外側の良い子」だけを作らんようになります。
大きい声で返事をするのも大事。
でも、返事した自分が次に何をするか、の方がもっと大事です。
親が毎回「できた?」「覚えた?」だけを聞くと、子どもは答えやすい結果を探しにいきます。
でも、「今日は何を変えてみた?」と聞かれたら、自分の中を見るようになります。
この質問の違いは、めちゃくちゃ大きいです。
結果を聞くな、という意味やありません。
でも、結果だけでは見えない成長があります。
昨日より少し聞けた。前より少し試せた。今日は分からんことを分からんと言えた。
これも、今日の100点です。
せやから、子どもを見る前に、まず大人が自分の見方を見る。
ここ、ほんまに大事です。
そこを一緒に見られる親子は、レッスンの後の時間も学びになります。
言ったことを次にやる子は、強くなる

「次はここを見ます」と、本人が言う。
で、次の一回でほんまに見ようとする子と、言っただけで同じことをする子がいます。
この差が、後でめちゃくちゃ効いてきます。
ここで、言行一致につながってきます。
言行一致というのは、言ったことと行動が一致していることです。
難しい言葉に見えるけど、レッスンではめちゃくちゃシンプルです。
「見ます」と言うたなら、次に見る。
「やります」と言うたなら、次にやる。
「音を聞きます」と言うたなら、次の一回で少しでも音を聞こうとする。
これだけです。
大きい宣言はいりません。小さい約束でええ。
でも、その小さい約束を、自分で守ることが大事です。
知っている。
言える。
やってみる。
この三つは、全部ちがいます。
知行合一という言葉もあります。
簡単に言うと、知ることと行うことが一つになっている状態です。
知っているだけでは終わらん。言えるだけでも終わらん。
次の一回で、身体に移してみる。
すぐ完璧にはできません。でも、やろうとした一回は残ります。
言葉を身体に渡す子は、練習の入り方が変わります。
それと、自分の言葉を軽く扱わんこと。
「やります」と言うたのに、やろうともしてへん。「見ます」と言うたのに、見てへん。
これが続くと、自分の言葉を、自分で信じられんようになります。
反対に、小さい約束でも守ろうとする子は、自分への信頼が育っていきます。
できたかどうかだけやありません。
やろうとしたか。戻ろうとしたか。次に変えようとしたか。
そこに、その子の芯が出ます。
獅子会で伝えたい「わかった」の正体

獅子会で伝えたい「わかった」は、きれいな返事やありません。
先生に気に入られるための言葉でもありません。
「わかりました」と言った後に、自分の身体が少し変わることです。
音を少し待てた。肩の力が少し抜けた。友達への注意を、自分にも当てはめられた。分からんことを、分からんと言えた。できなかった後に、もう一回戻ってこられた。
そういう小さい変化が、ほんまの「わかった」につながっていきます。
次の一回が変わるから、身体が変わる。
身体が変わるから、踊りが変わる。
ダンスは、技だけで伸びるもんやありません。
何に触れるか。誰と出会うか。どんな場に身を置くか。
そして、その場で受け取ったものを、自分の次の一回に変えられるか。
ここに、その子の在り方が出ます。
在れば成る!
これは、ただ頑張れば何とかなる、という意味やありません。
その子がどう在るか。言葉をどう受け取るか。聞いたことを、次の一回にどう変えるか。
その積み重ねが、子どもの器を広げていきます。
「わかった」で終わらん。「やってみた」まで行く。
その一回一回が、獅子会で見たい成長です。
派手な成長やないかもしれません。でも、ほんまに大事な成長です。
大きい技ができるようになる前に、自分の言葉と行動が、少しずつ合うてくる。
先生の言葉を、ただ聞くんやなくて、自分の中で動かせるようになる。
のびのびやる。でも当たり前のことはちゃんとやる。
その両方を持った子の「わかった」は、ダンスも、人としての姿勢も、ちゃんと変えていきます。
SHIGE_SDS
