子供のダンスが勉強だけになると本当に踊れなくなる理由

ヒップホップスタジオで遊びとレッスンの感覚を切り替える子どもダンサー

獅子会のSHIGE_SDSです。みなさん、レッスンに来る時に「今日は絶対覚えて帰ろう」と思うことってありませんか?

  • 先生に言われたことを全部覚えたい。
  • 振付を間違えずに持って帰りたい。
  • 苦手な動きを今日中に直したい。
  • せっかく来たから、何かをつかんで帰りたい。

この気持ちは、悪くありません。むしろ大事です。

でも、俺はここに一つ落とし穴があると思っています。

覚えようとする気持ちが強くなりすぎると、踊る時間まで「勉強」になってしまう。

これが起きると、子どもの身体は固くなります。

目は先生を探している。頭は正解を探している。身体は間違いを怖がっている。音楽は鳴っているのに、その音と遊べていない。

これ、ほんまにもったいないです。

レッスンは必要です。トレーニングも必要です。覚えることも、確認することも、分析することも必要です。

でも、ダンスはそれだけではありません。

俺が今日話したいのは、トレーニングとダンスを分けるということです。

やる時は見る。踊る時は遊ぶ。どちらも必要。

この切り替えができるようになると、子どもの踊りは変わります。

今回は、子供のダンスが勉強だけになると本当に踊れなくなる理由を、獅子会で見ている身体、音楽、遊び、そして今日の100点までつなげて話します。

覚えようとする気持ちは悪くない

先生の話を聞きながらヒップホップの動きを確認する子どもたち

まず最初に言っておきたいのは、覚えようとすること自体は悪くありません。

真面目に聞く。メモする。何回も確認する。先生の言葉を持って帰ろうとする。

これは全部、上達するうえで大事な姿勢です。

ただ、ここをゴールにしてしまうとズレます。

覚えることは入口です。踊ることは、その先にあります。

レッスンに来て、ただ遊んで帰っただけでは伸びません。

でも、レッスンに来て、覚えることだけで頭がいっぱいになっても、踊りは固くなります。

ここが難しいところです。

子どもは真面目です。特に、頑張りたい子ほど真面目です。

先生に言われたことを全部やろうとする。親に「今日何を習ったの?」と聞かれた時に、ちゃんと答えたいと思う。

それは素晴らしいことです。

でも、その真面目さが強すぎると、身体より頭が前に出ます。

音楽より正解が前に出ます。

その瞬間、ダンスは踊りではなく確認作業になります。

確認作業が悪いわけではありません。

ただ、ずっと確認作業のまま音楽に入ったら、身体は自由に動けません。

「ちゃんとやる」と「固くなる」は、似ているようで全然違います。

ここを大人が見誤ると、子どもにさらに「ちゃんと」を足してしまう。

でも本当に必要なのは、ちゃんと覚えたものを、踊る時に一回身体へ渡すことです。

たとえば、振付を覚えた子がいたとします。

順番は合っている。手も足も大きく間違っていない。けれど、音が鳴った瞬間に表情が消える。

これは、覚えていないから踊れていないのではありません。

覚えたものを守ることに意識が向きすぎて、音楽の中に自分がいなくなっているんです。

ここを「もっと覚えろ」で進めると、さらに守りが強くなります。

だから俺は、覚えたあとにどう手放すかまで含めてレッスンやと思っています。

トレーニングの時間とダンスする時間は違う

鏡の前で身体の癖を見ながらストリートダンスを練習する子ども

俺は、トレーニングの時間とダンスする時間は分けた方がいいと思っています。

これは、練習をサボるという意味ではありません。

むしろ逆です。

見る時間は、ちゃんと見る。踊る時間は、ちゃんと踊る。

ここを混ぜすぎると、どちらも中途半端になります。

トレーニングの時間は、自分の癖を見る時間。

ダンスする時間は、音楽の中で身体を遊ばせる時間。

この二つは、使う意識が違います。

トレーニングの時間は、分析していいんです。

この瞬間に肩が上がるな。ここで膝が固まるな。この音で焦るな。ここで呼吸が止まるな。

そうやって自分を見る。

ゆっくり動いて、身体の通り道を確認する。

先生に言われたことを整理して、今の自分に何が必要かを探す。

これはめちゃくちゃ大事です。

でも、音楽が鳴って「踊ろう」となった時に、同じ頭のまま入ると重いんです。

今から踊るのに、頭の中でチェック項目が20個ある。

肩。胸。腰。足。目線。表情。音。角度。先生の言葉。親の目。友達の動き。

そら踊れません。

住所を20個持って手紙を出すようなものです。どこに届けたいのか分からなくなる。

トレーニングでは見る。ダンスでは感じる。

この切り替えができる子は、練習の質も踊りの質も変わります。

ここで大事なのは、トレーニングを軽く扱わないことです。

遊びの感覚が大事やからといって、基礎を見ないのは違います。

見ないまま遊んでも、同じ癖の中をぐるぐる回るだけになることがあります。

せやから、まず見る。ちゃんと見る。自分の身体を知る。

そのうえで、踊る時には「見張り役」みたいな頭を少し静かにする。

この順番です。

遊びはふざけることではない

音楽に合わせて遊ぶようにグルーヴを感じる日本の子どもダンサー

ここで「遊び」と言うと、ふざけることやと思う人がいます。

ちゃいます。

俺が言っている遊びは、適当にやることではありません。

遊びというのは、身体と心がその場にいて、目の前の音や相手や空間に反応できる状態です。

公園で遊んでいる子を思い出してみてください。

鬼ごっこをしている時に、「右足を何センチ出して、左肩を何度開いて」と考えていないですよね。

でも、めちゃくちゃ反応しています。

相手を見ている。地面を感じている。スピードを変えている。急に止まる。逃げる。笑う。もう一回行く。

これ、身体としてはかなり高度なことをしています。

遊びは、何も考えていない状態ではなく、今に反応できている状態です。

ダンスにも、この感覚が必要です。

音が来た。身体が反応した。少しズレた。面白い。もう一回試したい。

こういう感覚があるから、踊りは生きます。

逆に、全部を正解探しにすると、身体は勝手に守りに入ります。

間違えないように小さくなる。変な動きに見えないように止まる。先生の顔を見てから動く。

それでは、音楽と遊べません。

もちろん、基礎を無視して好き勝手するのとは違います。

当たり前のことはちゃんとやる。

でも、その当たり前を持ったうえで、踊る時には身体を音楽に預ける。

遊びは、練習を捨てることではなく、練習したものを生かす場所です。

苦手を嫌いにすると身体が閉じる

苦手な動きを嫌いにせず先生と一緒に確認するヒップホップレッスン

子どもを見ていると、苦手な動きが出た瞬間に身体が閉じることがあります。

「これ嫌い」

「できへん」

「前も無理やった」

この言葉が出る前に、身体の方が先に固まっている時があります。

苦手があるのは普通です。

誰でもあります。俺にもあります。

でも、苦手を嫌いにしてしまうと、身体はその動きに触れにいかなくなります。

嫌いなものには、近づきたくない。

近づかないから、分からない。

分からないから、もっと嫌いになる。

このループに入ると、練習がしんどくなります。

苦手は、敵ではありません。
今の自分の現在地を教えてくれるものです。

ここで、遊びの感覚が効いてきます。

苦手な動きを「できるか、できないか」で見るだけではなく、「どこで身体が嫌がっているのか」と見てみる。

この瞬間に肩が固くなるな。ここで息が止まるな。ここで音が聞こえなくなるな。

そうやって見られると、苦手はただの敵ではなくなります。

トレーニングの時間は、苦手を細かく見る。

ダンスする時間は、苦手を抱えたままでも音楽に入ってみる。

完璧にできてから踊るのではありません。

今の自分で踊ってみる。

その中で「あ、ここやな」と気づく。

嫌いにしないことは、上達のためのかなり大事な土台です。

20個を持ったまま音楽には入れない

意識することを三つに絞って音楽を聴く子どものダンス練習

レッスンでいっぱい言われると、全部やろうとする子がいます。

それ自体は悪くありません。向き合おうとしている証拠です。

でも、全部を一気に持ったまま音楽に入るのは難しいです。

20個も意識しようとしたら、大人でも無理です。

むしろ、意識しすぎて身体が止まります。

だから俺は、3つか4つに絞ることが大事やと思っています。

  • 今日は音の入りを見る。
  • 今日は肩の力を抜く。
  • 今日は膝を固めすぎない。
  • 今日は最後まで呼吸を止めない。

これくらいでいい。

もっと言えば、最初は一つでもいいです。

一つをちゃんと見られる子は、次に二つ見られるようになります。

逆に、一つも見られていないのに20個持とうとすると、全部がぼやけます。

上達は、たくさん持つことではなく、今見る一点を決めることから始まります。

これはダンスだけではありません。

話を聞く時も同じです。

先生が言ったことを全部頭に入れようとして、結局何も行動が変わらないなら、まだ自分のものにはなっていません。

「今日はこれを変える」

そう決めて、次の一回で試す。

うまくいかなかったら、もう一回見る。

その繰り返しです。

簡単なことを、ちゃんと繰り返す。

これが遠回りに見えて、結局一番早いです。

先生の「いいよ」は形だけへの評価ではない

音楽の捉え方を先生が見ているストリートダンスレッスン

レッスンで先生が「いいよ」と言う時、子どもは形を褒められたと思いやすいです。

もちろん形が良くなっている時もあります。

でも、俺が「いいよ」と言う時、それだけではありません。

音の捉え方が良かった。

力が抜けた瞬間があった。

さっきより待てた。

表情が音に入った。

周りを見すぎず、自分の身体に戻ってきた。

そういう瞬間に「いいよ」と言っていることがあります。

形が合ったから、いい。
だけではない。
音楽との居方が変わったから、いい。

ここを感じ取れるようになると、レッスンの受け方が変わります。

先生の言葉を、正解の丸つけだけで受け取らなくなる。

「何が良かったんやろ?」と自分で見にいけるようになります。

これはすごく大事です。

子どもが「先生に褒められた」だけで終わると、外側の評価を集めにいきます。

でも、「今の何が良かったんやろ?」と見られると、自分の身体の中に答えを探し始めます。

その瞬間、レッスンは受け身ではなくなります。

いいよの中にある感覚を、自分で取りにいく。

これができる子は、成長が早いです。

返事も大事。素直さも大事。

でも、それを次の一回にどう変えるか。

ここまで行って、ほんまに「聞けている」と言えるんやと思います。

レッスンで学び、踊る時は一回手放す

レッスンで学んだことを音楽の中で自然に出すキッズダンサー

トレーニングとダンスを分けると言うと、学んだことを忘れるのかと思う人もいるかもしれません。

そうではありません。

学んだことを捨てるのではなく、一回身体に渡すんです。

頭で持ち続けるのではなく、身体が勝手に出せるところまで繰り返す。

指で空中に動きを描く練習もそうです。

最初は意識して指で描く。

何回も描く。

その形や流れを身体が覚えてくる。

そうすると、踊る時にいちいち頭で線を引かなくても、身体がその方向へ行けるようになります。

練習は、踊る時に考え続けるためではなく、踊る時に自然に出る状態を作るためにあります。

ここが分かると、レッスンの意味が変わります。

覚えるために覚えるのではありません。

踊るために覚える。

分析するために分析するのではありません。

音楽の中で自由になるために分析する。

だから、レッスンで学ぶ時はちゃんと学ぶ。

でも、踊る時は一回手放す。

これができると、ダンスは勉強で終わらなくなります。

学ぶことと遊ぶことは、反対ではありません。

ちゃんと学ぶから、ちゃんと遊べる。

ちゃんと遊ぶから、学んだことが生きる。

この循環ができると、子どもの中でダンスが重いものではなくなります。

これができるようになると、アドリブにもつながっていきます。

アドリブは、その場で急に何かをひねり出すものではありません。

普段から見て、感じて、繰り返して、身体に入っているものが、音楽の中で自然に出てくる。

だから、レッスンの中で丁寧に積んだものは無駄になりません。

ただし、踊る時にそれを全部説明しながら出そうとすると遅い。

身体が先に動くくらいまで触れていく。

そこまで行くと、覚えたものがその子の表現に変わっていきます。

親が見たいのは正解を集めた姿だけではない

保護者が子どもの今日の変化を見守るヒップホップスタジオ

親が子どものレッスンを見る時、どうしても分かりやすいものを見たくなります。

振付を覚えたか。間違えなかったか。先生に褒められたか。友達よりできていたか。

気持ちは分かります。

お金も時間も使っているし、子どもに伸びてほしいと思うのは当たり前です。

でも、正解を集めた姿だけを見ていると、大事な変化を見落とすことがあります。

  • 苦手な動きから逃げずに一回触れた。
  • 今日は音を聞こうとしていた。
  • 先生の言葉を受けて、次の一回を少し変えた。
  • できない自分を責めすぎず、もう一回戻ってきた。

こういう変化は、外から見ると小さいです。

でも、踊りの土台としてはめちゃくちゃ大きい。

親が「できたか、できなかったか」だけで見ると、子どもは結果を守りにいきます。

間違えないように小さくなる。

できないことを隠す。

先生に言われたことを本当には試さず、無難に見える方へ逃げる。

それでは火が消えていきます。

今日の100点は、満点の形だけではありません。
その子が今日、自分の一歩を見られたかです。

もちろん当たり前のことはちゃんとやる。

挨拶も、返事も、話を聞くことも、練習に向き合うことも大事です。

でも、そのうえで、子どもの火を消さない見方が必要です。

親が何を見るかで、子どもが何を大事にするかは変わります。

だからこそ、大人もまず自分の見方を整えることが大事なんです。

子どもがレッスン終わりに「楽しかった」と言った時、それを軽く見ないでほしいです。

楽しかったの中に、ただ遊んだだけではない感覚が入っていることがあります。

今日は音に乗れた。先生に言われたことを試せた。苦手なところで止まらずに一回やってみた。

それを本人がうまく言葉にできないだけかもしれません。

逆に、「ちゃんと覚えた?」だけを毎回聞かれると、子どもは覚えたものを報告するためにレッスンを受けるようになります。

それも一つの姿勢ではあります。

でも、獅子会で見たいのは、言葉と行動が少しずつ一致していく姿です。言行一致です。

楽しいと言ったなら、その楽しさの中で何を感じたのか。悔しいと言ったなら、次に何を変えるのか。

そこまで見られると、レッスンは家に帰ってからも続いていきます。

獅子会で伝えたい遊びとレッスンの正体

獅子会でレッスンと遊びの感覚をつなげて踊る子どもたち

獅子会で俺が伝えたいのは、ただ楽しく踊ればいいという話ではありません。

ただ厳しく練習すればいいという話でもありません。

どちらも必要です。

見る時間。整える時間。自分の癖に気づく時間。先生の言葉を受け取る時間。

そして、音楽の中で遊ぶ時間。今の自分で踊ってみる時間。失敗も含めて身体で試す時間。

この二つがつながった時、ダンスは変わります。

やる時は見る。
踊る時は遊ぶ。
どちらも本気でやる。

これが、俺の中でのレッスンと遊びの正体です。

勉強だけでは、踊りが重くなる。

遊びだけでは、積み上がらない。

だから、ちゃんと学んで、ちゃんと手放す。

ちゃんと見るから、ちゃんと遊べる。

ちゃんと遊ぶから、次に見るべきところが分かる。

この循環を、子どもにも親にも感じてほしいと思っています。

在れば成る!

これは、ただ頑張れば何とかなるという意味ではありません。

その子がどんな状態でその場にいるか。何に触れているか。誰と出会っているか。どんな空気の中で練習しているか。

そこが変わると、同じレッスンでも入り方が変わります。

同じ音楽でも、身体への入り方が変わります。

ダンスを勉強だけにしない。

でも、ただの遊びで終わらせない。

その間に、自分を知る時間があります。

その時間を積み重ねた子は、強いです。

獅子会のレッスンを、詳しく見てみてください。

現在の案内や参加までの流れはトップページにまとめています。

獅子会の詳細ページを見る

まずはページを見て、自分の現在地に合う入口を確認できます。

SHIGE_SDS